【2026年05月14日】気難しい体を、だからこそ大切に扱う

Heart

昨日、うっかり病み病みゾーンに入ってしまった。

わたしは、病むと

「こんな体早く脱ぎ捨ててしまいたい!」とか

「こんな体誰が望んだ!」

みたいに、自分の体や存在に対してそれはもう酷い言葉を浴びせてしまう癖がある。


でも、違うんだ。

本当は、この繊細で苦しみを抱えやすい体こそ、女王さまみたいに最上級に大切に扱わなければならないんだ。

実は、昨日こそものすごく病み病みゾーンに入ってしまったけれど、とっても地道な試みの成果で、最近はだいぶ自分の体に合わせてスケジュールや行動を整えられるようになってきた。

そうすると、だいぶご機嫌にいられることがわかった。

体が、というよりは心が。

それと魂が。


わたしの体はオーケストラのオーボエのようだなと思う。

以前聞いたことがあるが、オーケストラではオーボエのチューニングに合わせるのだという。

それは、オーボエという楽器が非常に気難しく、ピッチも不安定だから。

しかしその一方で、オーボエにしか出せないなんともいい音があるから。

オーボエは、気難しいけれど、唯一無二の美しさを持つレディなのだ。


わたしの体は、それはそれは気難しい。

扱いづらいし、手もかかる。

その割にはいつもご機嫌ナナメだ。


でも、この体があるおかげで、感じられている幸せがあるんだって、今はわかる。

そもそも体がなければこの地球を生きて体験できないわけだし(まあ、病んでいる最中は「そんなんどうでもいいから早く人生終わらせたい」と思ってしまうのだけれど)、

大好きなアニマルズをもふもふなでなでできない。

アロマのいい香りも楽しめないし、美味しいケーキも味わえない。

誰かとハグするあたたかさとやわらかさを知ることができないし、音楽も聴けない。

こうやって文字も書けないし、美しいものや推しを眺めることもできない。

大好きなお洋服やコスメも、体があるから纏えるものだし。


ありがとう、自分の体。大好きよ。

以前よりはこのことを無理やりでなく言えるようになったと思う。


きっと自分の肉体の受容も、今世わたしに与えられた重要な課題なのだろう。

一番身近なところなのに、なかなか一筋縄ではいかない修行だ。


でも、誓う。

わたしは自分の肉体を、受け入れる。許す。愛する。心と魂と統合する。


P.S.

昨冬から春にかけて収穫した大根。

秋冬に猛烈な水不足だったため、なんと根の上部は小さな穴だらけなうえに空洞、下の部分も漫画の歴戦のキャラの傷みたいな割れ目が入っていて、すごいことになっている。

文字通り首の皮一枚繋がって生きていた感じ。

それでも生きたのだと、ここまで大きくなったのだと、心が動かされた。

ほんと、見た目なんて関係ないというか、いや、この見た目だからこそ、大根たちが経てきた経験を感じて、心を動かされるというか。

わたしは自然や植物や、石や、いろんなものから学ばせてもらってばかりだ。

歴戦の傷だらけ大根たちを見ていたら、自分の体の傷や歪みも大切に思えてくる気がする。

ありがとう。

感謝いたします。

むじゅん
「文化的スローライフ」模索者

自然を愛し、魂を通わせる音楽家。
音楽のほかにも、文章、詩、絵、朗読、映像、そして農業など、様々な表現を試みる。
少しずつ自分で食べ物を作りながら、心と体が弱いわたしたちのための「文化的スローライフ」を模索している。

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