お腹を下すと、体力も体温も水分も栄養も、そして生命力のようなものが失われていく気分になる。
それは非常に辛くて、世の中の全てのものが遠く感じてしまう。
思うように動けない自分を思い知らされる。
自分を受け入れること、そしてセルフラブにフォーカスしてきたここ半年なので、かなり自分自身の捉え方は温かいものになってきたけれど、シンプルに体の感覚が辛いのは辛い(つまり辛い)。
喜ばしいことに、ようやく最低限の心の尊厳が復帰したのだが、だからこそ今度は体のケアの必要性を痛感した2月から現在だった。
今までも体のケアはしていたつもりだったけれど、本当に「つもり」レベルだったのかもしれないと思う。
2月から3月上旬はひたすらピンとくるものやケア方法を勉強し、行動に移してきた。
服部みれいさん及び『マーマーマガジン』で知った冷えとりは、その主軸の一つ。
あらゆる病や不調を改善させる可能性を秘めている冷えとり健康法に、今真剣に取り組んでいる。
今日の明け方、悪夢と共に目が覚めて、目がバキバキに覚醒していた。
何やら脳がわたしの知らないところで活発に動いている感じがあり、とても疲れていた。
どうやら最近の満月はパワーのギアが上がっているみたいで、今日も満月の日だし、先月珍しくほぼ眠れなかった日も満月前日だった(満月の日にはやはり途中で覚醒し、霞のなかで光を反射してまるで太陽のように煌々と輝く獅子座満月を見て、半ば半ば畏れに近い感覚を抱いた)。
自然はすごいな。
昨日は畑の畝に、菌ちゃんのごはんとなる枯れ草を追加しに行った。

白菜や大根を収穫し終わった畝のマルチを剥がすと、ちゃんと以前追加した草は減っていて、糸状菌の菌糸らしきものが見えて感心した。

菌ちゃんありがとう。
そして、延々と生える草を、ありがたく人間の営みに使わせていただく。
どんな環境にも負けずに生えて栄える草の生命力は、日本神話で言うなら鹿屋野姫(かやのひめ)さまの力だ。
わたしの中では少し野生を感じさせる、野に駆け生きる女神様というイメージで、いつか絵に描きたいと思っている(どこかギリシャ神話のアルテミスさまに近いエネルギーも感じている)。
ちなみに、前回紹介したはにやすびめさまは、畑や、穀物に豊かな実りをもたらす土の守護もしてくださる。
畑仕事は大変な時もあるけれど、無心になって瞑想、祈りのような気持ちになる。
土というものの不思議を感じる。
どこまでも生命力に満ちた草たちの息吹を感じる。
地に足をつけて生きることを思い出させてくれる。
しっかり根を張らねば。
上に伸びるものも伸びられない。
美しい花も、豊かな実りもない。
次なる恵みを夢見ながら、今日もなんとか生きています。
むじゅん
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